遺言が無効となったケース~自筆証書遺言編~ (2020.05.01)

前回までのトピックスで、遺言の種類と書き方について取り上げてみました。
今回は、過去に扱った事案から、遺言の有効・無効の判断について触れてみたいと思います。
自筆証書遺言の場合、形式的有効要件として、全文自署(一部財産目録は除く)・日付・氏名・押印が無ければ無効となることは、前回までの記述で触れていきましたが、過去に扱った事案で、自筆証書遺言が実質的に無効となったケースを取り上げて行きたいと思います。
自筆証書遺言に限って言えば、改ざんや偽造が立証され無効となるケースは稀にあります。
以前に取り扱った事案で、下記のようなケースがありました。
90歳の老人が2016年8月20日に死亡し、遺言が後日、自宅金庫から発見され、その字体が明らかに90歳の老人には当然書けないだろうと思われる、楷書で書かれていたケースです。
その遺言には、『長男に全ての財産を相続させる。』との内容が記載されていました。
更に後日、日付を異にし、遺言内容も全く異なる別の遺言が発見されました。
その遺言には、『長女に全ての財産を相続させる。』との内容が記載されていました。
その遺言には、震えるような手で書いたと推測される、ミミズが走ったような文字で記載がなされていました。
両遺言の作成日付は、長女へ相続させるとした遺言が2016年8月1日付、長男へ相続させるとした遺言が2016年8月16日付。
民法では、二つ以上の遺言の内容が異なる場合、発見した日付ではなく、作成された日付が後の遺言の方が形式的に有効となります。
したがって、上記事案においては、2016年8月16日付の長男へ相続させるとした遺言が形式的に有効となります。
しかし、後に発見された長女へ全て相続させる旨の遺言と、先に発見された長男へ相続させる旨の遺言を見比べると、明らかに字体が違うのです。
遺言者は、死亡直前に末期の肝臓がんに侵され闘病生活を行い、生死を彷徨うような状況であった為、当然、長男へ相続させるとした遺言は、遺言者が本当に自署したか疑義が残ります。
この点に付き、法務局での遺言を利用した不動産の名義変更・金融機関の預貯金解約等は、形式的に審査を進めますので、上記事案について長女への遺言が有効で長男への遺言が無効であるとの実質的判断は一切されません。
司法書士の立場からしても、個々のご家庭の状況や歴史を判断することが困難な為、形式的に判断をせざるを得ないのが現状です。
しかしながら、明らかに不自然な上記事案につき、依頼者である長女に弁護士を紹介し、遺言無効確認訴訟を提起した結果、訴訟の継続中に長男が遺言を偽造したことを自白し、長男へ相続させるとした遺言は無効となりました。
遺言を偽造した者は、民法上相続欠格者(相続する権利をはく奪された人)として扱われる為、当該長男は相続人でないものとみなし、無事長女へ相続させる手続きを終了させました。
遺言は、公正証書遺言・自筆証書遺言に関わらず同等の効力があります。
そして、二つ以上の遺言がある場合でその遺言内容が異なる場合は、後の日付の遺言が有効として扱われます。
実際の手続きにおいては、字体等の実質的な部分に触れず審理が進められる為、今回取り上げた事例のように疑義が生じる場合は、遺言無効確認訴訟等も検討してみても良いかもしれません。